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(死因)まつもと泉さん死去!脳脊髄液減少症とは何?本名や嫁子供は?

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漫画家のまつもと泉さんが死去しました。

死因は、脳脊髄液減少症でした。

一体どんな病気なのか、また本名や嫁子供についても調べました!

 

まつもと泉さんが死去

「きまぐれオレンジロード」などで知られる漫画家の、まつもと泉さんが今月6日に入院療養先の病院で死去したことが分かりました。

13日、自身の公式サイトで発表され、61歳でした。

61歳という若さで亡くなられたことに、ネット上では、悲しみの声が広がっています。

「きまぐれオレンジロード」は人気作品だったため、ファンの方は、今回の訃報にショックを受けているようです。

公式サイトによると、まつもとさんは近年、脳脊髄液減少症による不定愁訴に苦しみながらも仕事復帰への意欲に燃え、闘病を続けていたといいます。

しかし、数年前に手術をした心臓にも不安を抱えていたこともあり「残念ながら身体が保たなかったようです」(同サイト)とつづられています。

葬儀はすでに近親者のみで執り行なわれたということです。

公式サイト全文は以下の通りです。

「まつもと泉についてWAVE STUDIOから皆さまへのご報告」
まつもと泉は今月6日午前0時過ぎに、
かねてより入院療養中の病院にて永眠いたしました。
これまで公私に亘ってお付き合いをいただきました方々、
そして作品を愛してくださいました方々に心より御礼を申し上げます。
近年のまつもと泉は脳脊髄液減少症による不定愁訴に苦しみながらも仕事復帰への意欲に燃えて闘病を続けてまいりましたが数年前に手術をした心臓にも不安を抱えており、
残念ながら身体が保たなかったようです。
ただ医師によりますと、苦しむことなく睡眠中に
そのまま安らかに旅立ったとのことでした。
なお葬儀はすでに近親者のみで執り行いましたので、
お供えやご香典はご辞退いただきたくお願い申し上げます。
略儀ながら書中をもちまして、
まつもと泉についてのご報告とさせていただきます。
あらためまして生前お世話になりました皆さまに
感謝をお伝えしますとともに
今後ともまつもと泉の作品を広く楽しんでいただけますようお願いをいたします。
WAVE STUDIO

まつもと泉さんのプロフィール、経歴

まつもと泉さんのプロフィール、経歴がこちらです。↓

【プロフィール】

まつもと 泉(まつもと いずみ)

生年月日 1958年10月13日 

日本の漫画家

富山県高岡市生まれ

富山県立高岡工芸高等学校卒業

【経歴】

高校卒業後、ロックミュージシャンを目指して上京する。パートはドラムス。

しかし、楽譜が読めなかったこともあってミュージシャンは断念し、デザイン専門学校に入学。

専門学校在学中、高校時代の友人と2人で漫画作品を描き、いくつかの出版社に“持ち込み”をする。

「まつもと泉」のペンネームは、当初はユニットとして、高校時代の同級生の友人と二人で組んで活動を始めたため、それぞれが「松本」「いずみ」と語感の好きな名前を出し合い、そのままでは女性的な印象なので漢字とひらがなを逆にして決定した。

持ち込みの結果、集英社「週刊少年ジャンプ」編集部の高橋俊昌に認められ、本格的にデビューへの道を歩み出す。 組んでいた友人は連載デビューまでの年間のギャラが数万円という経済状況に耐えきれず脱落。

以降はひとりで活動を続ける。

1984年から「きまぐれオレンジ☆ロード」の連載を開始。それまでのジャンプにはあまり見られなかった絵柄、当時はまだ珍しかったカラースクリーントーンを多用したデザイン性の高いカラーページは注目を集め、瞬く間に人気作品となる。

ちば拓や桂正和とともにジャンプでのラブコメ、美少女路線を開拓。

読者アンケートでは作中のキャラクターと同年代の10代を中心に男女共にバランスの良い人気を集めた。

まつもと泉さんの死因は脳脊髄液減少症

まつもと泉さんの直接の死因は脳脊髄液減少症でしたが、公式サイトでの発表にもあったように、何年か前には心臓の病気で手術をされていたようです。

さらに漫画家の職業病ともいわれる脊柱管狭窄(きょうさく)症も発症しており、足がしびれるなどの症状に苦しみ、かなり辛い生活になっていたようです。

様々な病気を患い、体の痛みや不調にに悩まされ、夜も眠れない日が続いていたという情報もあります。

たくさんの人に夢や希望を与える漫画を描いていたまつもと泉さんですが、ご本人は長年、病に苦しんでいたようです…。

脳脊髄液減少症ってどんな病気?

今回、まつもと泉さんの直接の死因となった脳脊髄液減少症とはいったいどんな病気なのでしょうか。

まつもと泉さんは、1999年頃から、頭痛・首や方の痛みなどありとあらゆる症状に悩まされはじめていたそうです。

最終的に、「歯の噛み合わせ」が悪いなどと言われ、原因は分からず「精神的なもの」と言われてたとか。

体調不良に悩まされだしてから4年、まつもと泉さんのお姉さんが「脳脊髄液減少症」に関する新聞記事を持ってきてこれが転機となったそうです。

2004年、まつもと泉さんは、45歳のときにようやく「脳脊髄液減少症」という病名が判明しました。

「脳脊髄液減少症」とは、事故などがきっかけで髄液が漏れ出すとても怖い病気です。

頭痛やめまい、耳鳴りや倦怠感などさまざまな症状がでるといわれています。

まつもと泉さんは3歳のときにひき逃げ事故にあっていたということで、それが原因で、小さい頃から症状がでていたようです。

幼い頃は、虚弱体質で大変だったそうですが、きっとこれも脳脊髄液減少症の症状だったんでしょうね…。

まつもと泉さんの本名や家族は?

まつもと泉さんの本名は、寺嶋一弥(てらしま・かずや)さんです。

1962年にお見合い結婚をされていました。

当時は、お見合いで結婚する方もめずらしくありませんでしたので、まつもと泉さんの場合もそうだったようです。

奥さんについては、まつもと泉さんより4つ年上の富山県出身の女性ということしかわかっていません。

闘病生活を支えてくれた、きっとすてきな奥さんなのでしょう。

お子さんについては、情報がありませんので、恵まれなかったのかもしれません。

世間の反応

世間の反応をまとめました。↓

きまぐれオレンジロード大好きだった。 まつもと泉先生が富山県出身って知って、ますます好きになって。 先生が病気療養中って事は知ってたけど、悲しいです。 ご冥福をお祈りいたします。

やはり、「きまぐれオレンジロード」が大好きだったという声がたくさんあがっていました。

素晴らしい作品というのは、月日がたっても色褪せませんよね。

 

まつもと泉先生 とても悲しいです 新しい作品を読みたかった 本当に残念です 今夜はオレンジステーションを聴きながらオレンジロード読み返そうと思います 先生、ありがとうございました

久しぶりに作品を読み直したくなったという声もありました。

これからも残された作品を愛してほしいと思います。

 

まつもと泉先生が亡くなりました。悲しいです。イタリアでは未だに「気まぐれオレンジロード」が放送されるほど愛されている

イタリアで今でも放送されているとは驚きです!

素晴らしい作品は、国境を越えます!

 

まつもと泉が亡くなった⁈ そんな… 友人たちとコミックスを回し読みした。週刊少年ジャンプを買い始めるきっかけになった。 ただただ悲しい。合掌

やはり、まつもと泉さんの死を悲しむ声が多くありました。

まとめ

今回は、漫画家のまつもと泉さんの死去について、ご紹介しました。

長年、病に苦しんでいたまつもと泉さんでしたが、最後は痛みが少ない状態で亡くなられたということです。

まつもと泉さんは死去されましたが、作品は永遠に輝き続けることでしょう。

残された作品を大切にしてほしいと思います。

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