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冨田せなの親(父親・母親)の職業は?中学高校大学はどこ?脳挫傷乗り越え銅メダル!

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スノーボード・女子ハーフパイプで日本勢初のメダリストがでましたね!

2022年1月の世界最高峰の舞台であるXゲームで初優勝した冨田せな(22)選手です。

日本中の期待を背負った中、88・25点を獲得して3位となりました。

おめでとうございます!!

そんな冨田せな選手について調べてみました。

冨田せなが北京五輪で銅メダル

2022年2月10日に行われた北京五輪スノーボード女子ハーフパイプ決勝。

オリンピック2度目の出場の冨田せな選手が銅メダルを獲得しました。

スノーボード女子ハーフパイプで日本人がメダルを獲得したのは初めてのことです!

スノーボード・女子ハーフパイプで日本勢初の銅メダルを獲得した冨田せな選手がメダルセレモニーに出席しました。渡された瞬間、じっとメダルを見つめている姿が印象的でした。

セレモニー後の取材では「やっとメダルをもらって実感が湧いて、すごいうれしかったです」と、喜びをかみしめていました。

(画像・記事引用元:Yahooニュース)

素晴らしいですね!

見ていて「ハーフパイプってどこで練習するんだろう?」と素朴な疑問を持ってしまった私。

雪国にすんでいますから、スキーやスノボはやったことがありますが、ハーフパイプはまったく経験がありません。

こんな壁を滑り登ってジャンプして着地するって、相当怖いですよね。

 

でも見ていて本当にカッコよくて気持ちいいです!

冨田せな選手の滑りも素敵でした。

冨田せな脳挫傷から復帰で活躍

実は冨田せな選手は、2019年に中国で行われたW杯の公式練習中に転倒して脳挫傷となり、3か月間安静の大けがを負ったのです。

 

これだけのスポーツですから1歩間違えれば大ケガなのは承知していたでしょうけれど、実際にケガをすると恐怖心が強くなりますよね。

しかもその転倒して脳挫傷になったW杯の会場というのが、このオリンピックの会場と同じところだったんです。

 

実際、冨田選手自信も2月9日の予選後にはこう言っていました。

 

「ここのスキー場は昔、W杯でけがをしたことがあって、それがちょっとよぎっちゃったところがあった。(決勝に向けては)もっと攻めてかっこいい滑りできたらいい。ルーティン(演技構成)も上げていけたら」

 

それはそうですよね。

ケガをしたのに競技を続けるだけでも、思い出せば怖くなるはずです。

それがまったく同じ場所だったら思い出さないわけがありません。

 

「ここまで来たらやるしかない。悔いなく滑れたらいいなと思っていた」と語った冨田せな選手。

見事に復帰して銅メダル獲得したのです。

おめでとうございます!

冨田せなのプロフィール

では冨田せな選手のプロフィールを紹介します。

 

氏名:冨田せな(とみたせな)

生年月日:1999年10月5日(22歳)

出身:新潟県妙高市

身長:160cm

体重:58kg

高校:開志国際高等学校卒業

最終学歴:全日本ウィンタースポーツ専門学校スノーボードプロフェッショナル養成科卒業(2019年)

血液型:O型

好きな食べ物:アイスクリーム、餃子

家族:両親、妹

 

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妹の冨田るき選手もオリンピック代表選手です。

姉妹ですごいですね。

そしてとっても仲のよさそうなインスタの写真が微笑ましいです。

冨田せなの出身中学高校や大学は?

冨田せな選手の出身学校です。

 

中学:妙高市立妙高中学校

高校:開志国際高校

専門学校:全日本ウィンタースポーツ専門学校

 

3歳からスノーボードを始め、中学校1年次に日本スノーボード協会公認プロ資格を取得している冨田せな選手。

妙高ならウインタースポーツには最適な環境だったでしょうね。

 

3歳からスノーボードを始めているのですから、きっとご両親の影響でしょうか?

冨田せなの両親の職業は?

冨田せな選手のご両親の職業はなんでしょうか?

幼いころからスノーボードをやっているので、どちらかが選手だったのでは?という噂もあります。

 

父親は冨田達也さんです。

せな選手が銅メダルを獲得された時、地元からの中継でテレビに出演されていました。

 

こちらはオリンピック大会前に取材されたご両親です。

父親の達也さんは、高校卒業後、名古屋にあるスポーツ専門学校に進学し、そのころからスノボに魅了され専門学校卒業後は、新潟県妙高市にあるスキー場完備のリゾートホテルに就職しました。

 

というわけで父親達也さんの仕事先はホテルなんですね。

 

専門学校時代の同級生である美里さんと結婚しました。

どちらもスノーボードの選手ではなく、お互いの共通の趣味だったようです。

 

母親の美里さんの職業はわかりませんでしたが、どこかのインタビューで「両親は共働き」と言っていたのでなにかお仕事はされているようです。

(画像引用元:PRESIDENT Online)

素敵なご家族ですね。

世間の反応

冨田せな選手の銅メダル獲得に対する世間の反応がこちらです。

両親の影響でスノーボードを始めた冨田姉妹。せな選手はXゲームズを勝ち、るき選手はワールドカップを制すなどメダルのチャンスがありました。

北京五輪の直前に父親の達也さんを取材しましたが、遠征費など金銭的なサポートが大変のようです。

「ふたりが五輪に出ることは、ともに苦労したぶん、喜びも大きい。期待というよりは、スポーツにはケガがつきものだから、その心配が先にあるんです」と話していたのが強く印象に残っています。

そのなかでの銅メダル。ご両親が一番喜んでいることでしょう。

 

ストリート系種目は恐怖との戦い。

練習すればするほど失敗も多くするし痛い思いをたくさんする。

恐怖を克服して結果出したことは素直に尊敬する。

一方で、経験を積めば積むほどシラフでは克服できなくなる恐怖を知ってしまう分野でもある。

クリーンさを求められる五輪で若年層の活躍が目立つのはそういった理由なのかもしれない。

 

真っ先に浮かんだのはお父さんだな、双子の子供を育てる為にとてつもないご苦労をされているのを聞いた事がある。1人のオリンピアを育てるのにも金銭的に大変なのに双子だからその費用も半端ない。しかしこれでご両親の負担も報われたと強く思う。本当に素晴らしい報告でこれ以上の喜びはないと思います。本当に素晴らしい結果に感謝しかない、おめでとうございます。メチャクチャ嬉しいです

 

数日前の記事でオリンピック代表レベルでありながら持ち出しがまだまだ多くご両親が苦労して金銭面バックアップされているニュースをみました

選手自身もアルバイトをしているとのことでした

その記事ではそれでもご両親は、とにかく怪我なくという願いでしたが

やりましたね!

そして、これからの人生が変わりますように

スポーツでもなんでもそうですが、何かをやるにはお金がかかります。

ご両親はそのために働き、そして家族とともに楽しんできたスノーボードで姉妹揃ってオリンピックに出場できて本当に嬉しかったことでしょうね。

まとめ

冨田せな選手が、脳挫傷という大きなケガを乗り越えてケガをした場所で開催された北京オリンピックで銅メダリストとなりました。

せな選手自身の精神力もすごいことながら、支え続けてきたご両親にも本当に嬉しい事でしょう。

これからもケガには気を付けて、ますます活躍してくれることを期待しています。

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